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<幽玄のエロチシズム> 加山又造

 画集の扉をあけるとひとりの男の顔があらわれる。年のころなら50代のおわりのころであろうか、じつに味わい深い容貌をしている男である。おなじ芸術家であっても、どこか偏屈で、気難しい顔つきとは無縁で、細めに目をあけて、大きく口をひらいて、屈託のない笑顔をみせている。まったく気負うことのない自然な笑いである。そのうえ、髪はもしゃもしゃで、半纏のようなものを身にまとっている。そこからはいたって気さくな人柄がしのばれる。

 この画集のなかの男こそが加山又造画伯なのである。このような容貌や身なりの画伯から一時代を画した絵画が生み出されたことが一件奇異のようにおもえてくる。だが、思案するまでもなく、このように気さくで身構えない画伯だからこそ、余人には果たしえなかったヨーロッパと日本の美を融合させた独自の美術という偉業を達成することができたのかもしれない。

 加山又造の功績は多岐にわたっている。日本伝統の障塀画に挑戦をつづけて、あたらしい伝統を確立したかとおもうと、裸婦をとりあげて、幽玄なエロチズムを追求したり、さらには、あらたな観点から水墨画の世界を探求するなど、その活躍ぶりは、まさに「美の狩人」というニックネームで呼ばれるにふさわしい芸術家である。

 そのなかで、わたしがとりあげるのはもとより裸婦の世界である。加山又造が裸婦を世に問うたのは1974年のことで、年は47歳だったといわれている。裸婦を描くにはおそい出発だったかもしれない。しかし、それから6年間にわたって探求をつづけて、完成させたいわゆる「裸婦シリーズ」は長年にわたる画伯の画業のなかでも特筆に価するものである。

 加山の画集をめくると、はっと息をのむ二点の裸婦があらわれる。いずれも裸婦習作と名づけられた美しい線で描かれている裸婦である。一点は、バックが全面にわたって黒地の金箔で被われており、そのまえにひとりの裸婦が横たわっているという構図である。もう一点が、シルクスクリーンの手法で施された紺地に金の文様を刷る出した画面をバックにして、ひとりの裸婦がたっている構図である。

いずれの裸婦も気おくれすることなく、堂々と描かれており、よくバックの画面となじんでおり、じっとみていると目がくらみそうになるほどである。なぜこのような完成度の高い裸婦が「習作」であるのか皆目見当がつかないほどである。

さらにページをくくっていくと、そこにもはっとする裸婦の姿があらわれる。両面をつかった見開きのページのうえにはすけすけの黒い薔薇のレースをまとった4人の裸婦たちがたっている。レースのつけ方もまちまちで、全身がレースで被われている裸婦もいれば、からだ半分ははだかの裸婦もいる。わたしはこれまでにこのような絵柄の裸婦にお目にかかったことがない。

「黒い薔薇の裸婦」と名づけられたこの作品こそは、加山又造の個性がよく出ている作品である。加山の描く裸婦は美しいのである。だが、ただ美しいばかりではない。裸婦の属性であるエロチシズムが加山のもくろみどおりあらわれていて、観るものをたのしませてくれるのである。

 さらにページをめくると、そこにも二点の裸婦があらわれてくる。これも「裸婦習作」と題された作品で鳥の絵柄をバックにして、若くてすらりとした裸婦が横たわっている構図である。そして、もう一点が、「裸婦と猫習作」という作品で、こちらも目のきれいなすらりとした裸婦がソファのうえによりかかっており、そのかたわらには猫がいるという構図である。

 ふたつの作品に共通しているのは、裸婦たちに質量感がなく、ふわりとした面影をたたえた裸婦像に仕上がっているとろろである。これこそが加山が現代的な新感覚によって描いた裸婦であり、女性が本性的にもっている奥深くて計り知れない幽玄のエロチシズムを漂わせている作品である。

 加山又造の専門は日本画であるといわれている。わたしはそれを否定するものではない。しかし、画伯の裸婦には日本画にはない洗練された要素がある。それはたぶんにヨーロッパの美術から収集したものであろう。

加山の裸婦はすべて日本画の伝統である美しい線によって描かれている。その点ではあきらかにヨーロッパの画家が描いた裸婦とは一線を画すようにおもわれる。だが、「近代の序曲」を告げた作品といわれているマネの「オランピア」も正確なデッサンだけによって対象の立体感を表現しているのである。

そのようなことを考えあわせると、加山はヨーロッパの美術の吸収によって得られた造形と、伝統的な日本画が持っている造形とをよく溶けあわせて、そのうえに加山なりの日本人として感性を加味してつくりあげたのが、とりもなおさず、日本画にも洋画にもない加山又造なりの裸婦なのであろう。


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