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<アポリネール礼賛> シャガール

 何が描かれているのかわからないけれど、気になる絵画というものがある。多くの抽象絵画がそれに該当するけれど、そのうちで、わたしが気になって仕方がないのがシャガールの絵画である。

シャガールの代表作といえば、妻と散歩しているところを描いた「散歩」という作品をおもい浮かべる人もいることであろう。これなどは妻が宙に浮いていて、かろうじて、シャガールとおぼしき男の左手と妻の右手だけが結ばれている不思議な作品である。

つぎにシャガールには彼に出身地を描いたといわれる「私と村」という作品がある。画面の右手には、帽子をかぶった男の横顔が、そして、左手の方には、牝山羊の顔が大きく描かれており、両者がにらみあっている。これも一瞥しただけで奇怪きわまる作品といえよう。

このふたつの作品をみただけでも、シャガールの絵画の特異性が浮かびあがってくるのであるが、はたして、シャガールは何を描こうとしたのであろうか。シャガールは自分の心のなか目をむけて そこに宿っている心象風景を絵画として表現しているのである。

この点に関して、シャガールは次のようなことをいっている。
「わたしたちの内面的な世界はすべてが現実なのです。おそらく目にみえる世界以上にそうなのです。理屈にあわないものをすべて非論理的とか、“ファンタジー”(幻想)とか、おとぎ話とか呼ぶことは、自然がわかっていないことを認めるようなものです」

 現在では、深層心理の世界の探求がすすんで、ファンタジーやおとぎ話も深い意味をもつことが立証されるようになったことをおもい合わせると、シャガールは深層心理学の先覚者のひとりであったといっても過言ではない。

 このようにシャガールが自分の心象世界を絵画としてあらわしてきたことがまちがいのない事実であるが、それではシャガールはその技量をどこで身につけていったのであろうか。ちなみに、シャガールはパリで活躍した画家であったけれど、パリに出てくるまでにも多くの作品をあらわしているのである。

 それにもかかわらず、シャガールがパリに出てこなかったならば、あの特異な作品は日の目をみなかったといわれている。たしかにシャガールの心象風景の基本をなすものは彼が生まれ育ったロシアである。だが、その表現手段はパリに出てきて多くの先輩たちから学んだのだ。

形態は多くに画家とおなじようにセザンヌを先祖として、ファーヴィスムやキュビスムの画家たちに学んだのである。色彩は彼の絵画をみれば、疑いの余地もないくらいに印象派の画家たちの薫陶をうけているのである。

それにシャガールの場合は、もうひとつ大きな影響を受けた人たちがいる。彼の絵画が詩的であるといわれるのも、その所以であるが、アポリネールをはじめとして、当時パリで活躍していた詩人たちの影響も受けていたのである。

そのうちの一枚の作品に「アポリネール礼賛」がある。これはシャガールには少ない裸婦を描いたものである。といっても アダムとエヴァが描かれているから裸婦はエヴァだけとなる。それも抽象画であるのでなかなか判別がむずかしいところがあるが、手に果実をもっているところと、乳房が描かれているのでそれがエヴァであることがわかる。

それにしてもこの作品もその特異性が光っている。大きな円のなかにアダムとエヴァが描かれているのであるが、この円がアダムの誕生からエヴァを通じて失楽園へと場面が展開してゆく。そして、アダムの末裔であるわれわれの世界になっていく、その全過程が鮮やかな色を交えた円で描かれているのである。

そして、決め手は、円のなかのアダムとエヴァの苦悩の表情である。それは禁断の実に手を出した人類の先祖の原罪を髣髴とさせる。聖書の創世記に語られているとおりの世界である。

それにしてもわれわれが裸婦を楽しむことができるのは、もとをただせばエヴァが禁断の実に手を出してくれたおかげであるといえなくはない。エヴァの功罪のどちらに該当するのであろうか。

ともあれ、シャガールはアポリネールのような詩人から多くのヒントを得て誰も描いたことのないこのような作品をものにすることに成功したのである。

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