<変幻する裸婦> 東郷清児
「わたしは恋愛感情に衝き動かされながら絵を描いてきた」
これはピカソのことばであるが、ピカソならずとも多くの画家たちが常人では考えられない異性関係を結んでいる。そのひとりとして、東郷青児をあげることができる。
東郷は日本洋画の典型をつくった功労者のひとりである。若いころ、パリに留学して、本場のキュビズムやシュールレアリズムを学んで帰国すると、それを本活的な日本の油絵にうつしかえた優れた洋画家なのである。
その功績とは裏腹に東郷もピカソにおとらず生と性の愛憎地獄を生きた画家でもあった。すなわち、幼いころから画才に恵まれていた東郷は、竹久夢二の美人画のモデルになった岸たまきが経営している「港屋」という店に出入りした。
この店はいまでいうギャラリーで夢二の木版画、絵葉書、封筒などを売っていたが、東郷が出入りするようになったころには、夢二にはほかに愛人ができていてこの店には寄りつかなかった。そこで東郷はたまきから夢二の絵の代筆をさせられたのである。
そればかりか、のちの資料によると、竹久夢二は東郷とたまきがただならぬ関係にあるとして、たまきをわざわざ旅先まで呼び出して、暴力をふるったばかりでなく、嫉妬に狂って刃傷沙汰まで起こしている。
妻子の待つ日本へパリ留学から帰国した東郷は、当時まだ女子大生であった女性と恋愛関係になったばかりか、結婚できないことを悲観して、ガスを放ちノドを切るという心中未遂事件を起こしている。それにもかかわらず、すぐそのあとには作家の宇野千代と知り合い五年間の同棲生活を送っている。
そのあとは心中未遂をした女性と正式に結婚することになるが、それからも竹久夢二とおなじようになにかと女性関係が絶えなかったといわれている。その東郷の画業のひとつに「東郷製裸婦」として一世を風靡した裸婦がある。
その裸婦を見ると、愛憎地獄を生きた画家の作品とはおもえないほどに洗練された作品ばかりである。さすがキュウビスムの洗礼をうけた画家だけのことはあって、独特の抽象画で描かれているが、そこには具象画にはない特有のスマートさがある。
「若さをたたえた美しい肉体は妖精にほかならない」「女は激情の船である。静まりかえった海も走れば、荒れ狂う海にも船出する船もある」「女の美しさは千手観音の功徳以上に素晴らしいものではないだろうか。世紀に世紀を重ねて女体美は極まるところを知らない」
いずれも東郷自身のことばであるが、このうちの女体の美しさは千手観音の‥‥ということばは東郷が製作した「女体礼賛」という作品に添えられたものである。この作品は仏像の源流をなすインドのエロチシズムが主題で、東郷特有の変幻する女体が画面いっぱいにひろがっている。
東郷の裸婦のなかでもうひとつの圧巻は「脱衣」という作品である。文字どおり、若い女性が最後の下着を脱いでいるところを描いたものである。これも抽象画であるにもかかわらず、そこから醸し出される変幻する女体は具象画の比ではない。
「東郷の女性の扱い方には、日本の造園術や生け花を想わせるものがある。彼はランやバラの花をみるようにモデルをみて、その扱い方ときたら精巧極まりない。というのも、東郷青児は西欧風の日本画家であり、このふたつの世界の技術を完全に一体化することに成功したからである」
これはある著名な文学者の言であるが、事実、東郷は西洋画の礎のうえに大正期の日本の抒情画界を席巻した竹久夢二の絵画の発想とその技術を自分の絵画のなかに取り入れたのである。その背景には若き日の忘れえぬ体験があったのかもしれない。
よろしかったらお願いします。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (3)


最近のコメント