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2007年6月

<醜の美> ルオー

「ルオーはなぜこんな醜い裸婦を描いたのであろうか」
 これがルオーの「鏡の前の娼婦」という作品を見たときのわたしの偽らざる心境である。両手を頭のうえまであげて髪の手入れをしているらしい姿が描かれている。もちろん娼婦は全裸である。髪には赤い飾り物がほどこしてある。その娼婦の姿が鏡にも映っているのである。

 本物の娼婦も見たからに醜く描かれているのに、その醜い裸の女をまた鏡に写させているのである。わたしはおもむろにルオーの画集のつぎのページをめくってみる。「娼婦」という作品である。そこにも顔をそむけたくなるような裸婦が描かれている。

 こちらも顔が醜いばかりか、からだがぶよぶよでおなじ娼婦でも身を売りつくしてもなお生活のために身を売っている娼婦を髣髴とさせるような裸婦なのである。ここでも、わたしはなぜルオーはこのような裸婦を描きつづけたのか、という疑問にとらわれた。

 わたしは解説を読みすすんでいくうちに、「醜の美」ということばに目がとまった。
――これによると、ルオーはできるだけ醜く描くことによって美を具現しようとしたのではないか。
 わたしのひらめきは少しは的を射ていたようである。

 ルオーにとって芸術とは、表現することにあるのだ。それも醜いもの、恐ろしいもの、苦悩するものを表現することなのだ。どのような醜いものでも、どのような悲劇的なものでも、自分の描いた絵を鑑賞するものたちが、心を動かせば、ルオーにとってはそれだけで美しいものになるのだ。

――ルオーは女の乳房をつぶし、腹を裂き、足をねじり、顔を凹凸にし、それらすべての上に、あらゆる血の赤とあらゆる腐った緑とでできた毒を含んだ色彩を塗りたくった。
 ルオーの裸婦はこのようにむごい批評もされた。だが、それはルオーが描いた裸婦を見れば的はずれでもなく、見た者の実感でもある。

 そんな批評にもルオーはめげることがなかったであろう。なぜならば、ルオーは確固とした信念のもとに作品に挑戦していたからである。要するに、ルオーが表現しようとしたものは、娼婦たちに対する憎悪ではなく、醜悪な人間社会の底辺のなかで、生贄となってしか生きてはいけない人たちにたいする熱い同情心だったのだ。

 ルオーは信仰心の厚いクリスチャンであったのだ。
――娼婦はいちばん先に神の国を知るであろう。
 娼婦を描くときのルオーの頭のなかには、このような聖句が浮かんでいたのかもしれない。ルオーにとっても娼婦はまた天使であったのであろう。それをできるだけ醜く描くことによって表現したのであろう。


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<ダンス> マチィス

 ピカソの「アヴィニオンの娘たち」とならんで、裸婦の歴史ばかりか、絵画の歴史を塗り替えたもうひとつの作品がある。それこそがマチィスの「ダンス」という作品なのだ。裸の女性たちが手をつないで輪舞している情景が描かれているのであるが、この作品にはまったくの奥行きが感じられない。それこそが最大の特徴である。

 西洋絵画の歴史を紐解くと、描く対象をいかにして現実に近づけるか、それこそがルネッサンス以来、数多くの有能な画家たちの目指すとことであった。遠近法や明暗法を駆使して、少しでも本物に近い表現ができるようにしのぎを削ってきたのである。

 そのながい西洋絵画の歴史に楔をうったのがモネをはじめとする印象派の画家たちであり、キュービズムの幕開けをつげたピカソであった。それにもうひとりつけ加えるとすれば、フォーヴィスムの代表者のひとりであるマチィスなのである。

 そのマチィスの作品のなかでも、表題の「ダンス」はきわめて画期的な作品である。なぜならば、マチィスはこの作品によって、固有の作風が確立したばかりでなく、彼の芸術の特質もこの作品のなかに凝縮されているからである。

 この作品の特徴のひとつは、いちじるしいまでの単純化と平面的な表現にあるといえる。画面は空と地面と裸婦たちの三つの部分に区分され、青、緑、朱色によってひらたく塗りこめられている。マチィスは虚構の現実感よりも、画面そのものの実在感に重きをおいたのである。

もうひとつの特徴は人物の動きである。「ダンス」の直接の源泉は「生きる喜び」にあるとされているが、それが踊る裸婦たちの激しい動きによって、端的に視覚化されているのである。「ダンス」には、習作ものこされている。それと表題作とを比較してみると、後者の方がより運動感が強調されているのがわかる。

 ともあれ、マチィスの「ダンス」という群像裸婦は20世紀初頭における画期的な作品であるばかりか、現代美術に与えた影響は極めて大きいといわれている。


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<ウルビーノのヴィーナス> ティツィアーノ

 裸婦の代表的な構図といえば、なにをおいても横たわる裸婦が想起される。それほどまでに、横たわる裸婦は魅力のある構図といえるが、その起源をたどると、ヴェネツィアの絵画にゆきつく。この時代を代表する画家にジョルジョーネとティツィアーノがいる。そして、この二人の画家の代表作品には、それぞれ名作の誉れの高い裸婦が名をつらねている。起源はこのふたつの作品にゆきつくのだ。

 ジョルジョーネの作品が「眠れるヴィーナス」で、ティツィアーノの作品が「ウルビーノのビーナス」である。このふたつの作品にはいくつかの点で類似しているところがある。どちらの作品も横たわる裸婦であるが、それにもましてそっくりなのが横たわる裸婦の具体的なポーズの取り方である。いずれも豊満な肉体の裸婦がながながと足をのばして横になっている。そのポーズのとり方がおどろくほどよく似ている。左手の置き方や足の組み方までもがそっくりなのである。

 それもそのはずでこのふたりの巨匠は切っても切れない関係にあるのだ。ヴェネティア派最大の巨匠であり、色彩の魔術師とまでいわれるティツィアーノはじつはジョルジョーネの助手としてつかえたばかりか、「眠れるビーナース」の制作にも加わっている。そのうえ、ジョルジョーネが夭折したあとは、彼の画風を受け継いで、ヴェネティア派の指導的な画家にまでなった人物なのである。

 だが、仔細に観察するとふたつの作品には、かなりの差異がみられる。その第一が裸婦と背景の関係である。ティツィアーノの作品の場合は遠景に景色もみられるが、基本的に室内であり、ほとんど違和感がない。これに比べて、ジョルジョーネの作品の場合は横たわって眠っている裸婦であるのに、その背景が屋外の景色なのだ。

これはほかの裸婦にはみられない試みである。裸婦の豊かな裸体美に広々と風景を併置させるというアイデアは、主題の拘束から離れてあたらしい芸術を追求しようとしたジョルジョーネの進取の気性に由来するといわれている。これによって、快いエロチシズムと風景美の調和をはかろうとしたのであるが、画家の意図はそれなりの効果を発揮している。

 だが、わたしにとって、絶対的ともいえる差異は、「眠れるヴィナース」が快いエロチズムであるのにたいして、「ウルビーノのヴィーナス」が官能のエロチズムであるという点なのだ。それは両作品の顔をみくらべれば一目瞭然である。「眠れるヴィナース」が文字どおり目を閉じているのにたいして、「ウルビーノのヴィナース」は魅惑に満ちたまなざしをして誘惑の手を差し伸べてくる。すくなくとも、わたしには、そのようにおもわれて仕方がない。

 裸婦の魅力はどこにあるのであろうか。観賞する人によってちがいがある。それは当然のことであるが、わたしの場合はどうしても官能性を優先させたい。裸婦の魅力は官能性にあり、といっても過言ではないのだ。その観点から「眠れるヴィナース」と「ウルビーノのヴィナース」のどちらが好きかとなると、おのずと答えははっきとしてくる。

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<サルダナパールの死> ドラクロア

 こんな惨い裸婦が描かれた絵をわたしはみたことがない。それほどまでにこの作品はわたしの心をゆさぶった。それが「サルダナパールの死」というドラクロアの作品である。一枚の大きなキャンバスのうえに凄惨をきわめた破壊と虐殺の情景が天才ドラクロアの手によって描き出されている。そのなかでわたしの目をとらえてはなさないのが、主人公のサルダナパールよりも虐殺されていく裸婦たちの姿なのだ。

 アッシリアの国王であったサルダナパールは典型的な専制君主であったばかりか、「わたしは、食べて、飲んで、楽しんだ。それ以外のことはすべてなんの価値もないと考えつづけてきた」といってはばからない人物であったといわれている。その専制君主が放蕩三昧な生涯の末に、ついには国民の反乱を招いたのである。そして、いまや反乱軍は宮殿にまで侵入して火を放った。

 この期に及んでサルダナパールは部下に命じて自分が寵愛した女たちをサルダナパールが横たわっている寝室に集めて全裸にさせたうえでつぎつぎと彼女たちを殺害させていくのである。部下たちは全裸の彼女たちをとらえて、ひとりひとりの胸に刃をさしていく。この残忍な場面をまえにして、サルダナパールは大きなベッドに寝そべって何事もなかったように冷ややかにながめている。「サルダナパールの死」はそのような情景が描かれているのである。

 ドラクロアは色彩の豊かな想像力によって、絵画表現の可能性をひろげた画家として知られえている。その代表作のひとつがこの「サルダナパールの死」である。この作品では、赤、オレンジ、黄色を中心とした強烈な色彩が惜しみなく用いられている。それでいて、そんなに違和感がない。それはドラクロアの手にかかって、統一のある画面にまとめあげられているからにほかならない。

 サルダナパールは自分が死ぬまえに自らが寵愛している女たちを殺させたというエピソードがのこっている。ドラクロアはこのエピソードにヒントを得て、この作品を完成させたといわれている。だが、具体的な絵柄になると、すべてがドラクロアの想像力によってつくりだされたものである。苦しみと憤激とが渦巻いている阿鼻叫喚の場面が描かれているなかにあっても、圧巻はつぎつぎと命をうばわれていく裸婦たちの姿なのだ。苦悩と恐怖とで、くねりまがる肉体、ひれ伏す肉体、力がみなぎる肉体と、そこに描かれているのはこれまでに誰も描いたことのない群像裸婦なのである。

 わたしがこの作品をはじめて観たのは普通の画集であったが、それでも、その殺戮の現場に立ち会っているような錯覚をおぼえた。それは鑑賞する者との距離を感じさせないように裸婦の殺戮されるところが画面いっぱいに描かれているからであろう。それからくらべると、主人公のサルダナパールは目立たないように上のほうに描かれている。この作品が類まれなリアリティーに満ちた作品に仕上がっているのは、なにをおいても、ドラクロアの類まれな色彩感覚と卓越したアイデアにもとづく流動的な表現なされているからである。

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<グランド・オダリスク> アングル

 裸婦の定番といえば「横たわる裸婦」を想起されることであろう。ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」にはじまって、ゴヤの「裸のマハ」、マネの「オランピア」とみな横たわる裸婦であるばかりか、いずれも傑作のほまれのたかい作品である。そのなかにもうひとつ加えるとすれば、わたしは一も二もなくアングルの「グランド・オダリスク」をあげる。

 アングルといえばドラクロアがロマン主義を代表する画家であるのに対して、新古典主義を代表する画家であるといわれている。また、フランス人でありながら18年もの長いあいだイタリアに留学したこともあって、ラファエルロに深く傾倒した画家としても知られている。それにふさわしく、アングルの画風は色彩よりもデッサンを重視すること、安定した画面構成にすること、このふたつにあるといわれている。

 その観点から、「グランド・オダリスク」を鑑賞すると奇異な感じをうける。まずわれわれの目に入るのはいかにも伸びやかな肢体である。圧倒されるような臀部である。だが、これらの魅惑的な肢体も入念に観察してみると、不自然であることがわかる。おなじようにすらりと伸びている右手も魅力がある。だが、これも現実離れしている。それでいて、この裸婦はなんともいえない官能美を醸し出している。

 その官能美に彩を添えているのが、片目だけがはっきりと描かれているターバンをかぶった横顔であり、両足を組み合わせて片肘で体重を支えているポーズなのだ。そのうえ、この名作は独特な雰囲気をもっている。全体の構図自体は西洋絵画のなかの裸婦像であるが、そこに描かれているのはいかにも東洋的なのである。ターバンにしても、手にもっている小道具にしても、裸婦のまわりにちらばっている小道具にしても、西洋絵画の裸婦にはみられないものばかりなのだ。

 このように観察していくと、この名作は本来伝えられているアングルの画風とはまったくちがったもののようにおもわれてくる。たしかにアングルの名作のなかには心の師であるラファエルロの薫陶をうけて、あるいは新古典主義の代表者にふさわしく、デッサンや画面構成を重視した作品も残されている。その反面では、この「グランド・オダリスク」のように自らの画風をすてて、故意に人工美の極致のような作品も描いているのだ。

 そのようなこともあってか、アングルははたして新古典主義を代表する画家なのであるか、それよりもロマン主義的な画家なのではないのか、といった議論があるようだが、わたしにとってそれはどちらでもよくほとんど興味がない。それよりも、「グランド・オダリスク」が好きか嫌いかと問われれば、それこそ一も二もなく好きだとこたえる。なぜかと問われれば、エキゾチック官能美をたたえた作品であるばかりか、裸婦でありながら極めて品格のある作品だからとこたえる。


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