<ネヴァモア> ゴーギャン
ぱっと見ただけでその絵から目が離せなくなった。そればかりか、胸騒ぎ起きてどうにもとまらない。わたしにそんな体験をさせてくれた一枚の作品がある。それがゴーギャンの「ネヴァモア」なのである。ひとりの若い女性が全裸のままで横たわっている。決して美しい女性ではない。欧米人でもない。ごついからだつきである。なかでも腰の部分がいちだんと盛りあがっている。その容姿からして、東洋系でしかも南洋の未開の地の女性らしい。独特の色彩で彩られたその裸婦がわたしの目ばかりか、心をもとらえてゆさぶりつづけたのだ。
ゴーギャンはタヒチの女性をモデルにしてこの作品を描いたのである。もともとゴーギャンは印象派の画家から多くのことを学んだ。だが、それは色彩についてであって、絵柄はまったく学ぶところがなかった。なぜならば、印象派の画家たちが目を向けたさきはあくまでも自然が対象であったからである。ちなみにゴーギャンのことばを借りれば、「印象派の画家たちは、自分たちの目の周囲ばかり探し回っていて、思想の神秘的な内部まで入り込もうとはしない」ということになる。
ゴーギャンにとっての絵の世界は、たんに見えるものをそのまま再現するのではなく、目に見えない世界、内面の世界、魂の世界を探求することである。その具体的な作品のひとつが「ネヴァモア」なのである。だから、この作品でも色彩においては印象派の影響をうけているが、絵柄は影響のかけらも受けていないのだ。
「遠いところからやって来て、遠いところへ行ってしまう人間なのだ」
これはフランスのアルルでゴーギャンと生活をともにしたことのあるゴッホのことばである。そのゴッホの予言どおり、ゴーギャンは遠いところへといってしまうのだ。ゴーギャンが選んださきがタヒチである。なぜ、ゴーギャンは多くの人たちがあこがれてやまない華の都パリをあとにして、未開の地に足を踏み入れたのであろうか。
当時のヨーロッパは産業革命の恩恵をうけて多くの富がもたらされていた。だが、ゴーギャンの目にはそのような繁栄は表面だけのことで、それに浮かれているのは愚の骨頂のようにおもわれた。ゴーギャンの目的はあくまでも魂の探求にあった。そのゴーギャンが向かった先がいまだ近代文明におかされていないタヒチであった。だが、ゴーギャンにとっては、このタヒチの地ももはや別天地ではありえなかった。彼がそこで見たものは確実に押し寄せてくる西洋文明の影である。
それでもゴーギャンはここを終の棲家として自らの芸術の花を咲かせていった。それも貧困と病気に戦いながら‥‥。その苦労の結晶が「われら何処より来たるや、われら何ものなりや、われら何処に行くや」や表題作の「ネヴァモア」なのである。これらの作品に接していると、目に見える現実とはちがって、人間存在の不思議さに誘われていくのである。その魂の世界を提供してくれるゴーギャンはやはり天才にちがいない。
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