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2007年4月

<金髪の水浴の女> ルノワール

 “ルノアールの女”とは、はたしてどのような女であろうか? “豊満な柔肌の美女”、これこそがルノアールの女なのである。表題の「金髪の水浴の女」はまさにこの代名詞がぴったりとあてはまる作品といえる。水浴のあとで、金髪で豊満な柔肌の美女がソファに腰をおろして、バスタオルで足をふいている。そんな情景が独特なタッチときらびやかな色彩とで描かれている作品である。

 ルノアールは1880年代からこのような浴女を好んで描いている。この作品はそのうちの代表作のひとつであるが、いかにもルノアールらしい作品である。この作品をはじめて目にしたわたしは四肢のゆたかさとプロポーションのすばらしさに圧倒されるおもいであった。だが、それでいて、エロチックな感じを受けないのである。もとより、官能のひびきはつたわってくるものの、それを超越したなにかがこの作品のなかには秘められているのだ。

まず、わたしの目を入ったのはイメージのあかるさである。画面全体はぼっとした雰囲気におおわれているのであるが、それでいて、色調があかるく、滑らかでふわふわとした感触の肌が赤色を基調とした色彩につつまれているのだ。そこにわたしが見たものは若くてうららかな健康このうえない裸婦なのである。

 ルノアールは晩年に至るまで、裸婦のとりこであった。その証拠に彼は生涯を通じて数多くの女性を描いているが、その大半が裸婦であったのだ。それでいて、ルノアールはいわゆるドンファンでもなければ、女好きでもない。多くのモデルにとりかこまれながらも、愛人といわれる女性は何人もいなかったそうである。彼にとって、この世の中で女の裸体にまさる美は存在しなかったのである。「わたしは女がいなかったら、絵描きになんかならなかった」とルノアールは告白している。彼は裸婦を描くことが好きでたまらなかったのだ。

 ルノアールは引っ込み思案で、自らを語ることは好まなかった。だから、いわゆる言行録のようなものは残ってはいないけれど、前文の告白からして、ルノアールにとっては、女は生涯にわたって美の対象であったばかりか、崇敬の対象であったことだけはまちがいがない。それはどこから来ているのであろうか。ルノアールは家庭的な女が好きであった。ここにひとつのヒントがあるようだ。恋人と母親を兼ね備えた女性にあこがれていたのである。ルノアールはそれを裸婦のなかで追求していったのだ。

「ボクはモデルなしでは裸婦は描けないけれど、そのモデルを忘れることを心がけている」とルノアールはいっている。モデルは必要であるが、製作の過程ではモデルにとらわれることなく、自分だけの裸婦を描いているのである。それを描かせたのは心の片隅に住んでいる守護神であろう。その守護神こそが恋人であり、母親であったにちがいない。

 わたしはあらためて「金髪の水浴の女」を見つめてみる。まるで夢のなかの裸婦を見ているような心境になっていく。はたして、この裸婦が嫌いだという人がいるだろうか。わたしはそんな気持ちになる。ルノアールの裸婦は好き嫌いを超越しているようにおもわれて仕方がない。


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<裸のマハ> ゴヤ

 マドリードのプラド美術館はスペインを代表する美術館のひとつである。日本からマドリードに立ち寄るたいていの旅行者はこの美術館を訪れる。目的は何であろうか。それはいわずとしれた「裸体のマハ」と「着衣のマハ」というふたつのマハを見るためである。そのうちでも、「着衣のマハ」はどうでもよく、多くの人たちにとって、ほんとうに見たいのは「裸体のマハ」なのだ。

 美術館に着いた人たちは真っ先にこの「裸体のマハ」のもとへと向かう。そして、観客たちが裸体のマハを目にした瞬間に、あの射るような官能のまなざしのお迎えをうけることになる。まったく、「裸体のマハ」あってのプラド美術館なのである。

 わたしははじめて「裸のマハ」を見たときの感激は生涯忘れることができない。それまでに見たどのような裸婦よりも官能の響きをもって、わたしの胸に迫ってきたのである。わたしはこの「裸のマハ」によって、裸婦の魅力にとりつかれてしまったといっても過言ではない。

 それにしても、「裸体のマハ」は不思議な作品である。もともとスペインでは、ベラスケスの「横たわるヴィーナス」をのぞくと、ゴヤが「裸体のマハ」を描くまでは裸婦を描いた画家はいなかったといわれている。唯一の例外であるベラスケスの裸婦にしても、生身の女性を描いたのではなく、神話のなかの女神を描いたものである。その点、ゴヤの描いた裸婦は神話や宗教のなかに題材をもとめた女性ではなく、生身の人間なのである。

 スペインといえばカソリックの国である。裸婦を描く画家がいなかったのは、きびしい戒律を反映しているからなのだ。それにしても、ゴヤはなぜきびしい戒律を破ってまで、この作品を描いたのであろうか。印象派の時代になって、マネが「オランピア」という作品で、どこにでもいる街娼を描いて、一代センセーショナルを巻き起こしたことをおもえば、マネよりもまえに活躍したゴヤがこのような作品を描いたことはおどろきである。

 その秘密の解くカギはどうも「着衣のマハ」にあるようなのだ。ふたつのマハが同時に描かれたところに秘密がひそんでいるといわれている。このふたつの作品については、いくつかの伝説がある。そのひとつが、ふたつの作品のモデルがゴヤの愛人であったことに起因している。ゴヤは愛人のアルバ公夫人のすばらしい裸身をキャンバスのうえに残そうとしたというものである。
 だが、ふたりのあいだに疑問を持ったアルバ公が不意にふたりのもとを訪れたときのために、「着衣のマハ」を用意しておいたというものである。たしかに、物語としても面白いけれども、史実からすると信憑性がないといわれている。

 それよりもこれらの作品がマニュエル・ゴドイという宰相の所持品として記録のなかに登場してくることに注目したい。ゴヤは、一般大衆を意識することなく、だれか特定の人の趣味や要望に応えて、「二組のマハ」を制作したというのが妥当なところであろう。

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<ダナエ> レンブラント

 裸婦の起源を西洋美術史のなかでとらえると、ルネッサンスの時代に活躍したボッティチェルリにまでさかのぼる。すなわち、彼の作品のうちでも、「春」とならんで傑作の誉れの高いの「ヴィーナスの誕生」がそれであるといわれている。

以来、裸婦の歴史を振り返ってみると、ルネッサンスの天才画家だったジョルジョーネが描いた「眠れるヴィナース」、スペインのゴヤが描いた「裸体のマハ」、フランスのアングルが描いた「グランド・オダリスク」、印象派のルノアールが描いた「金髪の水浴の女」と、枚挙にいとまがないほどの名画がそろっている。

 こうした裸婦の歴史のなかにあって、印象派のマネが描いた「オランピア」は重要な分岐点をなしている。マネはこの作品のなかで、どこにでもいる街娼を堂々と登場させたのである。マネがこの作品を世に問うまでは、画家たちの真の狙いはともかく、表面上は宗教、神話、歴史などのなかに題材をもとめているのだ。

 そのような作品のひとつにレンブラントの「ダナエ」がある。この作品は神話にその題材をもとめている。すなわち、アルゴスの王アクリシオスは自分の子どもの手にかかって死ぬという神託を得たために、娘のダナエを青銅の塔のなかへ幽閉して求婚者たちを退けてしまう。だが、ゼウスは黄金の雨に姿を変えて塔に侵入してダナエと交わるというストリーである。

 これまでにも、多くの画家たちがこの神話のヒロインに題材を求めてすぐれた作品を描きつづけている。そのなかで、レンブラントの「ダナエ」とならんで傑作の誉れが高い作品がティツィアーノの「ダナエ」である。この作品のなかで巨匠のティツィアーノが工夫を凝らしたのが黄金の雨の描写である。巨匠は空から降りそそいでいる金貨を侍女があつめている場面を描くことでこれを解決している。

 これにたいして、レンブラントは雨の描写を放棄して、窓から差し込む黄金のひかりをもってこれに代えている。それよりもレンブラントが力を入れたのが自己の意思と感情をもたない人形のようなヒロインではなく、自らの純潔は父親から強制されたものであって、彼女自身は愛に飢えていることをリアルに表現したのである。

 敷衍すると、レンブラントの描いたヒロインのダナエは、近づいてくるゼウスにたいする愛の期待に満ちている。ゼウスを見つめるまなざしが象徴的にそれをあらわしている。それにくわえて、からだをよじり、右手を差し出し、からだ全体でゼウスの愛を受け入れようとしている。

 ともあれ、レンブラントの「ダナエ」はわたしがこれまでみた裸婦像のなかで、もっとも官能的な作品であるばかりか、近寄りがたい品格をそなえている。そのせいか、この作品はかつてリトアニアの一青年によって、むごい傷を負わされてことがある。青年はダナエの股間にナイフを突き立ててキャンバスを引き裂いたうえに、からだに硫酸をあびせたのである。


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<ヴィーナスの誕生> ボッティチェリ

 イタリアのフィレンツェにはフィレンツェ時代のルネサンスを代表する絵画をあつめたウフィツィ美術館がある。そのウフィツィ美術館のなかでももっとも人気のたかい作品のひとつがボッティチェリの「春」である。その「春」にはおよばないながらも、根強い人気を保っているのがおなじくボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」という作品なのだ。

 ボッティチェリは十五世紀後半のルネサンスを代表する画家である。彼の代表作の「春」が描かれたころのフェレンツェは豪華王と俗称されたメディチ家の当主が君臨した時代であり、多くの芸術家が輩出した黄金の時代でもあった。

そのころのメディチ家は芸術の保護者として、多くの芸術家たちを優遇したので、優れた芸術家や人文主義者たちがフィレンツェにつどった。とりわけ、キリスト教思想と古代思想とを統一融合しようとした新プラトン主義が強い影響力をもっていた。

 ボッティチェリの絵画もこの新プラトン主義から大きな影響を受けることになる。たとえば、例の「春」という大作は、「ヴィーナスの王国」と別称されるように、地上の愛を通じて天上の愛に至ろうとするものである。優美さのなかにも憂いを含んだこの絵画はメディチ家の黄金時代を象徴する作品といっても過言ではないのである。

 そのような観点から、表題の「ヴィーナスの誕生」をみると、この作品も「春」と同様に新プラトン主義の影響を色濃く受けている。すなわち、この作品は文字通りヴィーナスの誕生を意味する作品といえる。遠く旧石器時代やギリシャの美術はおくとして、われわれが裸婦の歴史をたどった場合に、抵抗なくその先祖として受け入れることができるのがこの「このヴィーナスの誕生」なのである。それでいてこの作品はそれ以後の裸婦とはっきりとしたちがいがあるのだ。

 それならば、そのちがいはどこにあるのであろうか。端的にいうと、ボッティチェリの作品は「天上のヴィーナス」という点なのだ。官能性がまったくないわけではないけれど、それよりもけがれのない美の世界の象徴として描かれているのである。その点、ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」が十分な官能性を備えていることを考えると、「ヴィーナスの誕生」のけがれのない天上性がきわだっている。

 もともとわたしは裸婦の優劣はその作品が有している官能性にあると考えている。その点からするとボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」は好きでないはずである。それなのにわたしはこの作品に魅かれるのだ。それはなにをおいてもこの作品のもつ芸術性の高さに由来するもののようにおもわれる。


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