炎
わたしは朝食をすませると、二階のアトリエにあがった。画業を生業として四十年になるが、わかいときとちがって、還暦をむかえたいまでは、わりあい規則ただしい生活をしている。所用がないかぎり、わたしは朝からアトリエにこもって絵を描くことに専念する。きょうは描きかけの自画像を仕上げてしまうつもりでいる。
わたしはテーブルのうえに新聞をひろげた。キャンバスにむかうまえに、朝刊に目をとおすのがならわしになっている。わたしは新聞をめくって、社会面に目をおとした。詐欺事件が大きく報道されている。老人をねらった金銭にまつわる詐欺事件が頻発しているという。手口も巧妙になっているらしい。わたしは事件の詳細をつたえる新聞記事をよみすすめた。
その記事をよみおわったわたしは、紙面の左側に目をうつした。大月澄子画伯死去という見出しが目に入った。わたしは夢中になって記事をおった。独自の画風をきづいて数多くの名作をのこした大月澄子画伯が肺炎のため東京都内の病院で死去した。六十歳であった、と記されている。
わたしの胸はこれまでになく高鳴った。この年齢になると、いろいろな人の死に遭遇してきている。こころざし半ばで世を去っていく人もいる。わたしはそのたびに人の世のはかなさを実感してきた。だが、今回のような衝撃にうたれたことはない。
わたしは椅子に腰をおろしたまま、頭をたれていた。ずいぶんながいあいだそのままでいたが、そのうちに彼女の代表作のいくつかが脳裏をかすめた。いずれも名作のほまれたかい作品である。そのなかの一枚だけがわたしの頭にのこった。
わたしはおもい腰をあげて、アトリエの一角に設置されている書棚までいくと、一冊の画集をとりだした。そして、もとの椅子に坐りなおすと、テーブルのうえにその画集をおいた。
「大月澄子の軌跡」というタイトルが目に入った。この画集をみれば、大月画伯の四十年にわたる画業の足跡がわかる構成になっている。
わたしはおもむろにページをめくりはじめる。一枚の作品のもとでわたしの目はとまった。掲載されている作品とわたしの頭のなかにのこっている作品とがかさなりあった。
まれにみる美人画である。だが、ただの美人画ではない。わたしはその美人画に目をこらした。鼻筋のとおった美女がかすかに目をとじかけている。顔色が青白い。ことのほかおもいつめた顔つきをしている。身にまとっている着物は赤い炎をイメージした和服である。それが異様な光彩をはなっている。全体像からは、嫉妬に身を焦がしている美人の姿だということがわかる。
わたしはこれまでにも何回となく「炎の女」と題されたこの作品を目にしてきた。そのたびに悔恨の情にかられた。
画伯との出会いがおもい起こされる。
わたしと彼女とは美術学校の同級生である。おたがいに日本画をこころざして、おなじ先生の指導をうけていた。だが、彼女は友だちづきあいもせずにひとりでコツコツと努力するタイプの学生であったので、わたしたちと会話をかわすことはまれであった。
わたしはいちどだけ彼女をお茶にさそったことがある。
「用事があるのよ」
彼女は素っ気ないことばをのこして、足早に立ちさっていった。
そんなわたしたちが親密な関係になったのは、授業の一環として速水(はやみ)御舟(ぎょしゅう)展をみたことからである。
そのときの会場の情景がおもい起こされる。
会場には御舟の作品が作成の年代順に展示されている。わたしたちはその順序にしたがって、観賞していく。ひとつの作品にあまり時間をかけることはない。ひととおり目をとおすと、つぎの作品のもとへ足をすすめる。わたしがなんとなくまわりをみわたしてみると、彼女の姿がない。みおわった作品の方向に目をむけてみると、彼女が真剣なまなざしをして、御舟の作品に見入っている。ふしんにおもったわたしは彼女のもとへひき返してみた。彼女が目をこらしているのは、御舟の代表作のひとつである「京の舞子」である。
「だいぶ気に入ったようようじゃないの」
わたしは気軽に声をかけた。
「こんな絵はいままでだれも描いたことはないわよね」
彼女は目をかがやかせながらいった。
わたしはそれまでに御舟の代表作はひととおり目にしていた。「京の舞子」は御舟が新境地をひらいた作品である。だが、わたしはこの作品が好きになれなかった。
それまでにみたことがある舞子を題材とした作品が頭をよぎった。いずれの作品もきらびやかな和服を身にまとい、髪を結い、簪をさし、顔には舞子特有の化粧がほどこされている。まるで美の化身のようである。
わたしは彼女が目をこらしている「京の舞子」をみつめなおした。一見しただけで嫌悪感にかられる。おなじ和服や帯を身にまとっていても、色彩がはなやかではない。それよりも、容貌が故意に醜く描かれているとしかおもえないのだ。
「これじゃ舞子さんがかわいそうだよ」
わたしは御舟の作品に目をむけながらいった。
「そんなことはないわ。きれいなものだけを描くのが画家ではないのよ。そんなのはうわべだけの美しさにすぎないわ。むなしいだけよ。御舟はそんなことで満足するようなひとではなかったのよ」
わたしのひとことに彼女は反駁のことばをつらねた。まるで別人のようである。わたしは反論のことばがなかった。
「伝統を壊していかなくては、あたらしい美の創造なんてありえないわ」
彼女は熱っぽくうったえた。
そのときの彼女のあついまなざしがよみがえってくる。
「その点ではボクだっておなじだよ。破壊と創造という点では、速水御舟は尊敬にあたいする人物かもしれないよ」
わたしは彼女に同調した。
「そうよ、御舟は自分の絵のためならば、どんな非難や中傷にもめげないひとであったのよ」
「そういえば、御舟はこの絵をおおやけにしたときに、みずからが属していた日本美術院を除名されそうになったというじゃないか」
「横山大観の逆鱗にふれたのよ。美術院の会員が描く絵じゃないって……。でも、御舟はそれにもめげなかったわ。残念なことに四十のわかさでなくなってしまったから、作品の数はすくないけれど、生涯にわたって美の求道者だったのよ」
「その意味では、御舟に学ぶべきことがあるようだな」
「いっぱいあるわよ。わたしは御舟の作品を模写しようとおもっているの」
「それはいい考えだね。オレもやってみたいな」
「いっしょにやってもいいわよ」
彼女はこころよくわたしの申し出を聞き入れてくれた。
わたしたちは図書館から大きめの御舟の画集をかりてきて模写をはじめた。
彼女が好んで模写したのが京の舞子である。わたしも彼女の感化をうけて模写に挑戦したことがある。
御舟の京の舞子は細密描写でできあがっている。髪の毛の一本一本、畳の目のひとつひとつさえも、おろそかにしていない。着物の繊細な一本の糸にまで気をくばって描写している。気の遠くなるような反復運動である。だが、それがこの作品に生命をあたえている。
わたしと彼女は競うようにして、御舟の筆のあとをなぞった。時間のすぎさるのも忘れて描きつづけたこともあった。だが、模写をおえてみると、彼女とわたしの作品では、できばえに雲泥の差があった。
「御舟の域に達したようじゃないか」
わたしはできあがった彼女の作品を見て、おどろきの声をあげた。
それほどまでに彼女の模写は的確をきわめていた。それにたいして、わたしの作品はくらべものにならないくらい粗末なものである。
「ボクはキミの相手じゃないよ」
わたしは本心をうちあけた。
「そんなことはないわよ。たいしたちがいはないじゃないの」
彼女は気おちしているわたしをはげましてくれた。
そんな日々をおくるうちに、わたしたちの心のなかには友だち以上の感情がめばえはじめていった。
わたしたちがもっとも精魂をかたむけて模写した作品がある。御舟の代表作のひとつである「炎舞」である。その作品を模写していたときの情景がおもい起こされる。
吸い込まれるようなふかい闇のなかに炎が燃えさかっている。炎のうえには何匹もの蛾がむらがっている。
わたしたちは、模写にさきだって、神秘性と幻想性をかねそなえているこの不思議な作品をいつまでもながめていた。
「絵は挑戦よね。御舟はこの作品でそれまでの写実という袋小路からぬけだせたのよ。着想がすばらしいじゃないの。炎ばかりじゃなく、背景もみのがせないわ」
彼女のことばがおもい出される。
わたしも同感であった。
「これまでの日本画は歴史に題材をとったものが多かったからな」
「歴史ばかりじゃないわよ。自然もあったし、宗教もあったわ……。そのほかには装飾なども……」
「……」
「でも、あなたのいうように、炎を題材としたものはなかったんじゃないかしら……」
「ないさ、御舟がはじめてだよ」
「御舟は絵画にあたらしい可能性があることを示してくれたのよ」
わたしたちはそんなやりとりをしたあとで「炎舞」の模写に挑戦していった。
筆がすすむにつれてわたしたちは寡黙になっていく。ときおり、彼女のもとへ視線をむけてみると、鬼気せまるような顔つきをしている。わたしも気持ちをあらたにして、模写に専念していく。
わたしたちはようやくのことで模写をおえた。結果はまえとおなじであった。いや、まえよりもみじめな結果におわった。
わたしの作品も、燃えあがっている炎にしても、炎のうえで舞っている蛾にしても、それなりには描けている。だが、彼女の作品とくらべると、あきらかに見劣りがする。
それよりも、決定的にちがうのは背景である。背景は黒一色でおおわれているが、子細に観察すると、たんなる黒ではない。黒と茶色の中間色のようにもおもわれる。それも炎から遠ざかるにつれて、おなじ黒でも色彩が微妙に変化している。
苦労しながら背景を模写していたときの記憶がよみがえってくる。
わたしは背景の場所によってことなる色彩を画集のなかの作品とにらめっこしながら筆をすすめていく。彼女にまけられないという意識が脳裏をかすめる。筆をすすめる手がとまる。おもいをめぐらす。渾身の注意をはらいながら一筆をすすめる。わたしはこんどこそはという願いを込めて筆をおいたのだ。
だが、模写のおわった絵をみくらべて、わたしは愕然とした。子どもの目にも巧拙がはっきりとわかるのだ。
わたしはその場に自分の作品をなげつけてしまいたいような衝動にかられる。
「オレはだめだ。画家になる資格なんかありゃしない」
わたしは彼女にやつあたりをしていた。
「そんなことはないわよ。たまたま題材がわたしにむいていただけのことよ」
そのときも彼女はわたしをはげましてくれた。だが、わたしには彼女のことばがうつろにひびくだけであった。
それを境にして、わたしは彼女に嫉妬の感情を抱くようになっていった。
それにもかかわらず、学校を出てからも、わたしたちの付きあいはつづいた。学校のときとおなじように久保田健三画伯の指導もうけつづけた。おたがいに画伯の指導をうけながら人物画のデッサンにあけくれた日々がおもい起こされる。
「大月さんのようにはうまく描けないんです」
わたしは彼女のいるまえで久保田先生に心境をうちあけたことがある。
「そんなことはない。絵は個性が大事なんだよ。彼女は彼女なりの絵を描いているんだ。キミはキミなりの絵を描いていけばいいんだ」
先生のはげましのことばに勇気づけられたこともある。だが、彼女の作品を目にするたびにわたしは劣等感におそわれた。彼女には画家としての天分がそなわっていることが実感としてわかるのだ。
わたしはコンプレックスにおそわれて、悶々とした日々をおくるようになっていった。「そんなに自分をせめちゃだめよ。先生もいっていたじゃないの、絵は個性だって……。あなたはあなたの絵を描けばいいのよ」
わたしの心を察して、彼女はいつもいたわりのことばなげかけてくれた。
いつしかわたしたちはふかい仲になっていた。それでいて、彼女への嫉妬心はきえることがない。いや、かえって、ますばかりである。彼女を抱くことでわたしは彼女を征服したような気持ちになったこともある。
そんなわたしの気持ちにおかまいなく、彼女は絵の道への精進をおこたらなかった。彼女がとおい存在になっていくのがわかった。
「努力を怠らないことよ。きっとあなたなりの絵が描けるようになるから……」
そんなはげましのことばにも、わたしは嫌悪感を抱くようになっていった。
わたしは彼女との逢瀬もさけはじめていた。
「キミ、うちの娘はどうかね」
久保田先生から結婚の打診をうけたのはそれからまもなくのことである。わたしは二十八になっていた。
寝耳に水のわたしは一瞬たじろいだ。先生のもとへは頻繁に足をはこんでいたので、長女とは面識があるばかりか、ときおり雑談をかわすことがあった。だが、結婚なぞ意識したことはない。それよりも、わたしは絵の道から足を洗おうと真剣に考えはじめていたのだ。
「ボクなんかよりも、もっとふさわしいひとがいるんじゃないですか、お嬢さんには……」
わたしはていよく断ろうとした。
「わがままな娘だから、キミの断りたい気持ちはよくわかるよ」
先生はそこで黙してから、
「じつは娘がキミにことのほか好意をよせているんだよ」
と、いった。
その先生に、わたしは、
「じつはボクは画家にはむいていないんです。できれば、ほかの道にすすんだほうがいいとおもっているんです」
と、ほんとうのことをうちあけた。
「そんなことはない。キミには絵の才能がある。ながいあいだ指導してきたんだからわたしにはよくわかるんだ」
「先生、それはかいかぶりです」
「そんなことはない。たしかにこのごろのキミの絵には張りがなくなっている。だから、そんなことをおもうのだろうが、芸術をこころざすものは、気力ののっているときもあれば、スランプにおちいるときもあるんだ。生涯そのくり返しなんだよ。キミだっておなじ経験をしているだけなんだ」
そのことばを耳にしてみると、わたしの心のなかには、ひとすじのあかりがみえはじめる。脳裏には大月澄子の姿が浮かんだ。めらめらと嫉妬の炎がわきあがってきたのをわたしはいまでもはっきりとおぼえている。
先生は画壇でも一目おかれる存在である。先生の力にすがればなんとかなる。わたしの心のなかで計算がはたらいた。
「絵の世界も才能や技量だけで世の中に認められることはむずかしいんだ」
先輩のひとりが口にしたことばが頭をかすめた。
「ボクでよかったら、ありがたくお引きうけします」
わたしははっきりとした口調でいった。
「わたしに魅力がないからそんなことをいうのでしょう」
大月澄子の声が聞こえる。
彼女にむかってわかれのことばを口にしたときのことである。彼女はわたしのことばに動じる気配はなく、凛とした顔つきをしてわたしをみつめていた。
わたしはいたたまれずに視線をそらした。
「わたしは先生のお嬢さんのように美しくもなく、品もない女ですから、あなたがお嬢さんをえらんで、わたしのもとを去っていくのは不思議でもなんでもないわよ」
彼女のいったことばがおもい出される。
「申し訳がない」
それだけいいのこして、わたしは彼女のもとから立ちさったのだ。
大月澄子のふるまいは冷静そのものであった。だが、そのふるまいとはうらはらに内心では嫉妬の炎を燃やしていたにちがいない。
わたしはまたもや、画伯の画集に目をそそいでいる。壮絶なまでの嫉妬の感情をあらわにしている美人像がわたしの目をとらえている。
「よほどの体験がなければ、あんな絵を描けるはずがない」
画家仲間のひとりのことばがおもい出される。
「あんな絵を描かせたのはおまえじゃないか」
仲間はわたしに疑いのまなざしをむけた。だが、わたしはかたくなに沈黙をたもった。彼女もこの作品について口をはさむことはなかった。それどころか、この作品を世に出してから彼女は絵の世界からぱったりと影をひそめてしまったのだ。
わたしは彼女の消息を聞くこともなくなっていった。それでも、彼女のことが頭をかすめる。才能があるとおもっていたけれど、ふつうの女にすぎなかったのか。いや、才能はあったけれど、それを殺してしまったのは、このわたしではないのか、といった複雑な感情におそわれつづけた。
「ええ、これが彼女の作品なのか」
わたしはおどろきの声をあげていた。
彼女の作品をふたたび目にしたときのことである。
わたしは画集のページをめくった。そこには影をひそめていた彼女が三年ぶりに世に問うた作品が掲載されている。わたしはその作品に目をこらした。
「まさかこんな作品を描くとは……」
わたしは無意識のうちに叫んでいた。
脳裏には長い歳月をへているにもかかわらず、そのときにうけた衝撃のあとがあざやかによみがえってくる。
それは嫉妬心に狂った女性像を描いた「炎の女」の対極にあるものであったのだ。
「天女」と題されたその作品は、おなじ美人画でありながら、「炎の女」とちがって、上品な品格をたたえた女性像なのだ。それが彼女の卓越した筆さばきによって描かれている。
わたしはつぎのページをめくった。
そこにも彼女の代表作が掲載されている。題材はおなじように美人画である。だが、この作品にも卑俗はおろか情念のかけらすら見出だすことができない。
わたしはつぎつぎとページをめくっていく。そこにも彼女ならではの作品が掲載されている。いずれも世俗を超越した作品である。彼女は情念の世界から決別して品格のある美だけを追求する画家としての生涯をおくったことがわかる。
わたしは頭のさがるおもいにかられる。
それにくらべてこのわたしは……。
わたしの心にそんなおもいがわきあがってくる。
わたしがひらいた個展の会場の情景が頭に浮かぶ。六十年配の観客が身うごきひとつせずにわたしの作品に見入っている。
「熱心にごらんいただいて、恐縮です」
わたしはその男に声をかけた。
「あなたの絵には地獄の相がにじみ出ていますな」
と、男はくったくのない顔つきをしながらいった。
それはわたしの本意ではなかった。
「そんなつもりで描いたのではないのですけれど……」
「いやいや、なにも卑下されることはありませんよ。これだけの絵を描ける画家はそうざらにはいません」
男はわたしの絵をほめているようではあるが、そのときのわたしには、とてもそのようにはおもえなかった。
「これからもこんな絵を描きつづけてください」
男はそれだけいって、個展会場をあとにしていった。
男のいうことがほんとうだとすれば、わたしの生き方に問題があるのではないか。わたしはそんなおもいに悩むようになっていった。
ベッドに入っても眠れない日がつづいた。そんなある夜のことである。悶々としていると、わたしは幻覚におそわれていった。大月澄子の「炎の女」が浮かんでくる。絵のなかの炎がわたしの頭のなかでもえはじめる。炎は時間をおって大きくなっていくばかりである。
「あなたは愛するひとにうらぎられた人間の苦しみがわかりますか」
炎の女がうらめしそうな顔つきをしてわたしをせめたてる。
わたしは身うごきもできずに時間のすぎさるのをまちつづける。
「あなたは悪人です。わたしは呪っています。その呪いで地獄につきおとしてみせます」
わたしの脳裏には、「炎の女」にかわって、かってみたことのある地獄絵が浮かびはじめる。大きな炎が音をたててもえはじめる。わたしはその火のなかになげこまれ、苦しみのあまり、身をのけぞらせて、絶叫している。
わたしは何回となくそんな責苦にあったことがある。だが、そんな悩ましいことも年月 の経過とともに影をひそめるようになっていった。大月澄子をみる目もかわった。彼女はいまや日本の画壇に確固とした地位をきづくまでになっている。懺悔の気持ちにかわって、羨望のまなざしで彼女をみるようになっている。だが、彼女の逝去の報にせっしてみると、またもや、懺悔の気持ちがわいてくる。
つい一か月ほどまえにみた夢のあとがおもい起こされる。
わたしはひとりの女とベッドをともにしていた。みおぼえのある女である。夜だというのに周囲がやけにあかるい。そのせいで、女の顔だちがよくわかる。凛とした顔つきをしている。澄んだ目がなにかをみつめている。まぎれもなく大月澄子の顔である。だが、わかいころの彼女ではない。ずっと四肢がゆたかになっている。円熟した彼女のからだがわたしの情欲をさそう。わたしは夢中で愛撫する。彼女はすなおにしたがう。気高い容貌が妖艶な顔だちになっている。彼女はからだをくねらせはじめる。口からうめき声がもれる。わたしは彼女とからだをあわせる。現実の性生活で味わったことのない快感がおしよせてくる。わたしは欲望のおもむくままに身をゆだねていった。
わたしはまだ夢のなかにいた。だが、愛欲の時間はながくはつづかなかった。部屋のなかがやけにあかるくなっている。まわりをみまわすと、部屋のなかが炎につつまれている。炎のなかに蛾が乱舞している。乱舞していた蛾が身を焼かれながら炎のなかに消えていくのだ。
わたしははっとして目をさました。からだが汗まみれになっている。快感にかわって懺悔の気持ちがわいてくる。わたしはベッドのうえに身を起こして頭をたれた。
わたしはふたたび目のまえにある大月澄子の画集に目をおとした。この画集がおくられてきたのも一か月ほどまえのことである。画集のなかには「寄贈」という二文字だけがそえられている。わたしがみてはならない夢をみたのはその夜のことであった。
わたしと大月澄子の関係は絶えて久しい。画壇の集いで顔をあわせたときの情景が頭をよぎる。わたしがかるく会釈をすると、彼女も心もち頭をさげた。わたしたちはその程度の関係になっている。それでも、彼女は世間の注目をひく作品を出しつづけてきたので、おのずとうわさは耳にしている。
「わたしというれっきとした妻がいるというのに……。あなたというひとは……。子どもでもわかるようなウソをついて……」
罵声をあびせかけながら泣き叫ぶ妻の声が耳をつく。
師事していた久保田画伯の娘と所帯をもってからのわたしは、妻の嫉妬に悩まされつづけてきた。
「いつも女の影があったじゃないの」
妻の反論の声が聞こえる。
そういわれれば、返すことばがない。還暦をむかえたいまではかってのような元気はない。それでもいまだに愛欲の世界から完全に足をあらったわけではない。
大月澄子の生活ぶりがしのばれる。
「彼女は色恋沙汰とは無縁だよ、絵をみればわかるじゃないか」
画家仲間のひとりがいったことばがおもい起こされる。
「キミにはひとをまとめていく力がある。わたしが力添えをすればなんとかなる」
久保田画伯の声がする。
わたしを画壇の理事に推薦するというのだ。わたしはためらうことなく快諾した。それから四期にわたって理事の地位にある。それでいて、いまだその地位を手ばなす気になれない。それどころか、理事長の椅子をねらっているのだ。
「理事をお願いしたのですけれど、どうしても引きうけてもらえませんでした」
知り合いの画家の声がする。
大月澄子はわたしとは別の画壇に所属していた。その画壇では、理事のひとりに彼女を推薦することになったというのだ。
「理事になれば、選考の役職もあたえられますから、といったのがかえっていけなかったんですよ」
「どうしてですか」
わたしは疑問のことばをなげかけた。
「わたしには不向きです、ときっぱりとした口調でいわれました」
そういって、残念がっていた知り合いの画家の姿が目に浮かぶ。
わたしはそんな身の処し方もあるのか、とおもっただけであったが、いまはちがった感慨におそわれる。
「この絵は独創性に富んでいますね」
ひとりの理事が口をひらいた。新人の作品の選考会のことである。
わたしも最初からその作品に目をつけていた。初期のピカソの人物画がわたしの頭をかすめた。だが、理事のことばを聞いたとたんに嫉妬心にかられはじめていた。
「独創性といってもこの程度ではね。それよりも表現がつたなすぎますな。わたしは評価しません」
わたしのひとことでその作品は落選となったのだ。わたしはその新人にもわびたい気持ちになってくる。
わたしはことのほか嫉妬心のつよい人間である。自分でも自覚しているのであるが、それがいつになくうとましく感じられる。大月澄子が嫉妬心を燃やしたのはただのいちどだけである。彼女はそれを境として、別人としてよみがえったのだ。それなのにこのわたしは還暦をむかえたいまでも嫉妬心から抜け出せないでいる。
「煩悩の炎は消そうとおもっても、消えるものではありません」
ひとりの男の声がする。
「あなたの絵には地獄の相がにじみ出ていますな」
と、わたしの個展の席でいった男である。その席での出会いがきっかけとなって、わたしはその男と親交をふかめていった。
「あなたの専門は人物を描くことではないですか。人物を描くということは自分とむきあうことでしょう。ほんとうの悪人には人物は描けません」
男のいったことばがおもい起こされる。
男は人相学の大家であるばかりか、仏教にもつうじていた。
大家がさずけてくれたことばは、それからのわたしが絵の道を歩んでいくうえで、なにものにもかえがたい教訓となっている。
わたしは大家から教訓をさずかってから、仕事がうまくいかなくなると、そのたびに自画像を描くことにしている。
わたしは自分とむきあうために、ためらいなく自分の顔を鏡にうつす。そこにうつっている顔をみつめながら、筆をすすめていく。いろいろな想念が頭をかけめぐる。煩悩の炎を消せない心のよわさが顔にあらわれてくる。懺悔の念にかられる。
そんなときにはきまっておもい出されるのが大家のいったことばである。
「ひとの心はひとつではありません。地獄の心もあれば、仏の心もあります。でも、悲しいことですけれど、われわれ凡人は仏の心にはなりきれないのです」
わたしは大家のことばにはげまされながら自画像を描きつづけていく。
「煩悩の炎に悩まされながら、六道の道を歩みつづけているのが、あなたであり、わたしなのです」
「……」
「あなたの絵にはその六道の道をさまよっている人間の姿が描かれているんです。顔のなかの皺のひとつひとつが煩悩に苦しめられてきた爪あとかもしれません。わたしがあなたの絵に魅かれるは、煩悩から抜け出そうとしながらも、抜けだし切れない人間の相がつつみかくさず描かれているからです」
わたしは大家のことばに安堵しながら、自分の顔の皺のひとつひとつを入念に描きながら自画像を仕上げる。すると、ふしぎなことにあらたな作品にむけて意欲がわいてくるのだ。そのときにはきまって、大家のことばに甘えてはならない、という意識がわいてくる。
わたしは椅子から立ちあがり、キヤンバスのもとに足をすすめて、描きかけの自画像をみつめた。こんどこそ、煩悩を超越した自画像にしてみせると、意気込んで描いてきた作品である。それも仕上げの段階まできている。だが、わたしの意気込みとはうらはらにこれまで描いてきた自画像と大差がないことがわかる。
自画像をみつめていると、煩悩の炎と手が切れない自分がうとましくなってくる。それでいて、いざ手ばなすとなれば、画家としての生命がたたれるような衝動にかられる。
「それにくらべて、大月さんは……」
わたしの口から吐息がもれた。
「あなたはあなたの絵を描けばいいのよ」
大月澄子がそうかたりかけてくるような気がする。
(了)
よろしかったらお願いします。
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